[初出]2015年2月25日(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4962316)
[加筆修正・再掲載]2015年10月16日
『第2、第3フェーズ終了。被験者の状態、正常。被験者、全フェーズを終了。ツクモガミ、最終フェーズに移行しました』 目覚めれば、無機質な天井が目に入り、そこから声が降ってくる。 『無事か〜?』 彼女は津野の声に反応しようとしたが、体が酷く重い。 「なん、なの……」 椅子の上で上体を起こす。目に入ったのは、円盤状の床に置かれた装置。 そこに、光が集まって来ている。 光は桜色を帯びると、ぱっと本当に桜の花びらに変化し、ひらひら落ちて装置に触れる前に消える。 「……来る……?」 その様子に無意識に彼女はその言葉をつぶやいていた。そして、閃光。彼女は目をつぶった。 『ツクモガミ、最終フェーズ終了しました』 スピーカーはそう呟いて沈黙した。 彼女は恐る恐る、目を開ける。まだ光が目の中に残っていて、うまく見えない。けれど、先ほどまで無かった気配を感じる。 トン、という靴音がした。 目がじんわりと慣れてくると、円盤の上から太刀が消えていることに彼女は気づいた。 代わりに“いた”のはスーツをきっちりと着こんだ男。 しかし妙なのは、黒い手袋をした右手に刀を下げているのと、なにやら甲冑のようなものが体の右側についていることと、さらに――整い過ぎている顔にある右目を黒い眼帯で覆い隠していることだ。 「……」 「ね、会えたでしょう?」 沈黙する彼女にそう言うと“彼”は円盤を下り、椅子に近づいてくる。 彼の顔に眼を当てればグラスに『End』という文字が現れて、全ての表示が消えた。 「あなた――」 「君は主だから、先に僕の名前をおさえなきゃいけないよ?」 言って、“彼”が目線に屈んでくる。彼女は戸惑いつつ、彼の左目を見つめる。淡い、和蝋燭に燈された火が放つようなあたたかな色をしている。奥州の暴れん坊と称されることもある彼のかつての主の目より、優しい。先ほど“彼”が見せてくれたひとを思い出し、彼女はそう思った。 「……燭台切、光忠……?」 言うと、彼はにっこりと笑って彼女の頭に手を伸ばした。 「はい、正解。これからよろしくね?」 頭を撫でた手が目の前に差しだされる。彼女は戸惑いつつ、手袋に包まれたその手を取った。手袋ごしだというのにぬくもりが感じられて、彼女は戸惑う。 「あなた、付喪神なの?」 「そうだよ。そして君は僕の主、僕の審神者だ」 微笑まれて、彼女はぎこちなく笑みを返した。そこへ、ドアの開く電子音がした。 振り返れば、津野がいた。 「二人とも御苦労さん、上手くいったな」 彼女が先輩、と呟くのと同時に傍らから「悟朗ちゃん」という声が上がった。驚いてそちらを見れば、“彼”こと燭台切光忠も少しハッとしたようだった。 「先輩のこと、知ってるの……?」 「……、付喪“神”だからね」 燭台切光忠はにっこりとわらった。 彼女は思わず津野を振り返った。「悟朗ちゃん」と呼ばれた方は特に驚いてはいないようだった。予想するに彼は職務上、燭台切光忠以前にも付喪神と接触しているのだろう。驚かないということは、付喪神ではよくある現象なのだろうか。 しかし、それよりも確認しなければならないことがある。 「――先輩これ、このひと――本当に付喪神なんですか?」 「おう」 「……コスプレイヤーみたいなんですけど」 思わずのろのろと指さして――失礼極まりないのだが思わずそうしてしまった――言えば、津野は面くらい、燭台切光忠は笑った。 「ははあ、太郎次郎に石切丸みたいなの出ればお前も納得したか……それは“こう”なんだ、諦めてくれ」 「は、はあ」 「コスプレイヤーか、僕の主は面白いなぁ」 燭台切光忠は相変わらず笑っている。どうも寛容なようだ、と彼女は思う。 「まだ一段階残ってるな。燭台切」 津野は気を取り直したようにそう言った。燭台切はひとつ頷いて、彼女と再び視線を合わせる。 「君の名前を教えて。僕が君を見つけられるように」 言われた彼女は戸惑い、思わず津野を見た。「名前を知られる」というのは呪術的な要素を多分に含むのだ。しかも相手は付喪神だという。どうしたものか――と、専門家と思われる津野に目で尋ねたのだ。津野は一言「大丈夫だ」とだけ言った。 それを受けて彼女は“彼”に視線を戻す。 ガッチリと視線がかみ合って、動けなくなる。 「……雫石都子」 「……雫石? 君、南部の人?」 燭台切光忠の左目が見開かれた。彼女は、笑う。 南部、とはかつての藩名で、政宗の治めていた仙台藩の北にあった藩のことだ。そこにかつて「雫石」という一族があり、同名の町があるのだ。 「遠いご先祖はそうだったかもね。でも、私は伊具の出身よ」 「伊具。阿武隈川の?」 「そう、阿武隈川」 「政宗公の初陣の地だね」 燭台切光忠はひどく嬉しそうにした。 「雫石都子、忘れないよ。よろしくね、僕の主」 「……至らないところばかりだとは思いますが、こちらこそ」 というか、審神者の仕事のことはさっぱり分からないんだけど、と彼女――雫石都子は胸の中で呟いた。 かくして雫石は津野の持ってきた分厚い機密保持と各種保険と給与等のもろもろの書類にサインをすることになり、審神者業を始めることになったのだった。 (了)
[初出]2015年2月25日(http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4962316)
[加筆修正・再掲載]2015年10月16日