山に囲まれているようだ、と雫石は思ったことを思い出した。
まぁるい盆地。
東に奥羽山脈、南に吾妻連峰。
ここには川もある。そう、最上川。
町のほとんど真ん中に、神社があるのだ。ここは。
同じ東北の地だというのに、ここは彼女の故郷と空気が違うと思う。
冬は雪が多く、夏は暑い。そのせいだろうか。
――私の故郷も盆地のはずなんだけど。
異なると感じる空気は列島に背骨のように連なる山々をはさむせいだろうか、と思う。
――えっと。
小さな声が聞こえて、雫石は耳をすませた。
――米沢、御存じなんですね。
――うん、行ったことあるよ。いいところだね。静かで。神社まで、すっと道が伸びているのが好き。
いっぱい回りたいところがあるのに、回りきれてないの。果物もお肉も美味しい、と言うと、気配が嬉しそうににっこりした。
――鯉も、食べましたか?
――鯉は……食べてないなぁ。
――そうですか……。鷹山公が推奨なされてから、米沢の鯉は名物なんです。池で育てるから、泥臭くなくって美味しいって……。えっと……僕もまだ食べたことはないんですけど……。
誇りを持ちつつも、少しばかり自信なげな声に雫石はほほ笑む。
――あなた、上杉家縁故の刀ね。
――ええ、あ、はい……僕の名前、わかります?
――うーんと、姫鶴一文字、ではないよね。
あえて別な名前を上げれば、気配はしゅん、としたようだった。
――ごめんごめん。上杉家に高名な刀は三十五振……。
雫石は気配に手を伸ばす。触れたのはふわふわの髪の毛。まだ背の低い男の子だ。
そこから伝わってくるのは、虎、京の都、越後、そして米沢……。戦の記憶も。
――川中島です。えっと、四回目の戦いは……僕が上杉に行ってから二年目に起きました。
――八幡原の戦いね。
先ほどこの刀が名を出した上杉鷹山は第九代藩主。だがこの刀と上杉の縁はもっと古い。……名高い上杉謙信のころの記憶が流れ込んでくるのだ。
――君が謙信のもとに行ったのは永禄2年……ということね。
――はい、そうです。
その年、上杉謙信は上洛し、時の帝から短刀を拝領した。……おそらくそれが“彼”に違いない。
――君は……“五虎退”。五匹の虎を退けた、五虎退吉光。
――はい! そうです!
彼は明るく答え、あたりに光が広がる。
転送室に桜が舞い、降り立ったのは優しげな少年だった。五匹の子虎を連れた。
「あ、えっと、ごめんなさい、間違いが……虎は……退けてないです……」
申し訳なさそうに虎を見回しつつ言う少年に雫石は笑い、椅子から立ち上がって少年を迎え入れた。

[初出]2016年5月11日