燭台切光忠、大倶利伽羅、蛍丸、秋田藤四郎、五虎退、歌仙兼定。
「ま、バランスはとれているか」
居並んだ審神者と刀剣男士を見回して、オペレーションリーダーの津野は言った。
刀剣男士たちに課せられた三日ほどの病院での“慣らし”にはそれぞれの反応があった。蛍丸はあらゆることを面白がり、五虎退は医者におびえ、秋田はそこここを探検しては看護師に叱られ、歌仙は食事の不味さと医療的なシンプルイズムに苦言を呈した。ちなみに大倶利伽羅の人を寄せ付けない雰囲気は恐れられたらしい。燭台切が楽だったと看護師長が言っていた意味を雫石は遅ればせながら理解した。
一緒に暮らし始めて一週間――歌仙が料理に興味を持ち、食事当番を嫌がらず、蛍丸も秋田も五虎退も、ついでに大倶利伽羅も素直に仕事を引き受けてくれたので本丸屋敷での暮らしはなんとか軌道に乗った。
燭台切は歌仙の助言を受けて私室を雫石の隣に移した。
――近侍と言うのは主の盾にならなきゃならないんだよ。
との言葉に、平時には刀剣男士はボディガードだということを雫石は久々に思い出したりもした。
「さ、て、と」
居並んだ一同を前に津野は司令官よろしくウロウロしてみせる。
「今回からお前らも実戦投入だ。歌仙と五虎退と秋田は経験済みだから、教えつつやってくれよ」
歌仙、五虎退、秋田は以前別な審神者のもとで働いていたという。だから実戦経験があるのだ。以前のことを雫石は深く聞いたりしなかった。ただ頼りにしている、と言えばあまり頼りにされては困るよ、と歌仙と秋田は困ったように笑い、五虎退は戸惑いを見せた。
「が、いずれにしても大将は雫石だ。最終決定権はお前にある。それを忘れるな」
実戦経験組に言われたことを津野が繰り返す。
「津野先輩はどうするんです?」
「俺のもとには作戦全体の進行状況が送られてくる。そのうえで作戦全体の決定を見てお前たちにやってほしいことを伝えるだけだ。指令を受け取って、可能か不可能かを判断するのは刀剣男士を統括する審神者の役目だ」
それだけじゃなくてな、と津野は言う。
「俺の抱える部隊はお前たちだけじゃないんだ。お前たちの損害状況と作戦全体を把握し、かつ他の部隊との連携を管理する。俺の目はあらゆる所を見なきゃいけない。亘理さんからは逐一お前たちのバイタルデータが上がってくるし、藤塚さんからはドローンがひろったデータだのデジタル上の向こうとの攻防だのの報告があるわけだ。とても細かい指示はできないんでな」
「――なるほど、つまり審神者は現場責任者」
「そうなる」
「……オペレーションリーダーは全体で何人いるんです?」
津野は立ち止り、顎を撫でた。
「審神者は75、いることになっている。オペレーションリーダーのもとで展開する部隊は多くて、5部隊くらいか」
「では15人?」
「いや、どうだろうな。現在の審神者の最大値が75っていうだけで、その席が全部埋まっているわけではないな」
クダギツネ、と面白そうに蛍丸は笑い、雫石は首をかしげた。
しかしながら津野のあいまいな答えに、「機密事項」という言葉が浮かび雫石はその質問を続けるのは取りやめた。
「ちなみに、作戦全体についてとかそういうのはどこから送られてくるんです?」
「作戦本部だ。オペレーションリーダーには文官が含まれるが、本部には武官しかいない。が、そのさらに上の上層部はシビリアンコントロールになってはいるけどな」
どうも組織構造は複雑らしい。ただわかったのは、審神者はそのかなり下――場合によっては最下部にいるということだ。刀剣男士はヒトではなく、兵器・器物扱いだと聞くから下っ端のヒトは審神者ということになるだろう。
「悟朗ちゃんが預かっているのは僕らの他に?」
「あと一部隊。……前までは神職系の審神者の部隊を3つほど預かってたんだが、学者系でまとめられたんだよ」
成程、津野にも実戦経験はあるのだ、と雫石は思う。
「さて説明はここまで。今回の任務は主力部隊の帰還支援だ。帰還転送に敵短刀なんぞ混ぜてくれるなよ。さ、出陣の用意!」


視界がドローンが捉える景色に覆われる。
グラスの中を満たすだけといいつつ、視界は転送室にはなく刀剣男士たちと同じ土地へ赴いている。
身を置くのは森。その先には、開けた原野。
「撤退!撤退ー!!!」
その声とともに、ドローンがひきつれる一団が戻ってくる。
『目標、撃破。敵部隊の散開しながら撤退を確認。わが軍、負傷刀剣――体。これにて任務を終了とし、主力部隊の撤退を開始します』
『撤退支援部隊は負傷刀剣を回収しつつ、こちらに向かってくる敵部隊を退けてください。なお、敵部隊の生死は問いません』
見知らぬ声が次々に耳に届く。
『まー難しく考えるな。帰還転送に敵を巻き込まなきゃオッケーってやつ』
最後には耳慣れた津野の声。
雫石は頷きつつ、マイクに向かって声を出す。
「SH-001MS隊、抜刀を許可します」
その声に燭台切以下、刀剣男士が刀を抜く。
「陣形を展開――」
言うと同時に、刀剣男士が手にした珠を放る。
金、銀、蒼の珠が舞い、中空に表れたるは武者。騎馬に歩兵にさまざまな得物。
武者は地に足をつけると刀剣男士を自らの将としてその周囲に侍る。
それは式神の一種だという。
新たなる摩訶不思議を問う余裕は雫石はになかった。
撤退してくる部隊の先頭が森へとたどり着く。
「前進せよ!」
それを庇うように彼女の刀剣男士は森から平原へと躍り出た。

最後の部隊が負傷した刀剣と自力飛行ができなくなったドローンを抱えて森に入り、皆が“ゲート”と呼ぶコチラ側の転送装置をくぐって消える。
「だいたい片付いたかな」
式神の武者たちを珠に戻しつつ言った燭台切に雫石はドローンの機能をひとつ立ち上げる。熱感知――周りに、刀剣男士たち以外の熱はない。
「……たぶん」
「警戒は怠らずに」
歌仙の言葉に皆が頷きつつ、刀を納める。
「SH-001MS隊、撤退を開始します」
『了解』
津野の声がした。
平原を戻り、森へ入る。遠くの、かつての戦場も夜が近づき、休戦だろうか。
雫石はドローンの飛行高度を上げる――帰る前に見てみたかった、歴史になってしまった事実を。
「ミヤコ」
下から呼ぶ声がした。燭台切である。
「ごめんなさい」
苦笑する彼は主の思考を読んだのだろう。差し出された手の先に戻るように高度を落とし、カメラを森の中へ向ける。
「主、あんまり離れないでよね。俺、でっかいから森とか苦手なんだから」
小さな大太刀に言われて雫石は見えないであろうが苦笑する。
「ごめんね」
「わかればよーし」
蛍丸の言葉に大倶利伽羅以外が笑った。
「……行くぞ」
その低い一言で部隊が少し違った緊張を取り戻す。
森をしばらく戻った時だった。
先頭を行く秋田と五虎退の足が止まる。次いで、歌仙。
「気配が」
三人が見るほうから物音がして、止まった。そちらは森が一段と暗くなっており、低く木が茂っていた。
歌仙がゆっくりと抜刀した。続いて秋田と五虎退、そして少し後ろについた大倶利伽羅が刀を抜く。
「ミヤコ」
燭台切に呼ばれて雫石は一度高度を上げる――燭台切と蛍丸が得物に手をかけつつドローンを庇う位置に後退する。
カサリ、と茂みが動いた。
緊張。
茂みが大きく動くのと、歌仙が踏み込むのはほぼ同時だった。
黒い影が刀を振るい、歌仙が斬り上げた刀と噛み合う――鉄のぶつかる音がした。
鍔迫り合い。
そして――
「あれっ」
黒い影が声を上げた。やや間の抜けた声――影が首に巻く赤い襟巻が森の中でいやに目立った。籠手もそろいの赤、黒い姿に赤いアクセント。
「加州清光!」
ぱっと噛み合う刀が離れ、歌仙が声を上げた。
そしてほぼ同時に刀を下げる。
「あっ……」
そうつぶやいたのは五虎退で、こちらも刀を下げてしまった。秋田も同じく。
「歌仙じゃん、久しぶりー!」
相手が言う間に歌仙は再び刀を納めていた。
「久しいな、元気だったかい?」
「もちろん。へぇ、そっちも新しい主見つけたんだ」
明るく言う少年に歌仙は笑いかけた後、未だ警戒を解かない燭台切、大倶利伽羅、蛍丸へ声をかける。
「こちらは加州清光、僕らの仲間だよ」
「……ひとり、かな?」
ゆるやかに警戒を解きつつ言う燭台切に加州清光と呼ばれた少年――あるいは刀は、肩をすくめると「おーい」と茂みの向こうに声をかけた。
ひょっこりとまず顔を出したのは、髪を高く結った少年だ。
ダンダラ模様の羽織りの少年。年のころは加州と同じくらいか。
「新撰組」
雫石が言うと、少年がドローンににっこり笑った。
「大和守安定。そこの加州清光と同じく沖田総司の刀だよ」
「堀川と和泉守は?」
加州が問うと、おっとりと安定が答える。
「すぐ来るよ」
その声にこたえるように茂みからまた人影が現れる。小柄な洋装の少年と、すこしばかり年上らしい、長髪の和装の青年。
「土方歳三の大小、堀川国広と、和泉守兼定。――和泉守、こっちは歌仙。名高い之定の作だよ」
加州は少年と青年を指して言う。おお、と声を上げたのは和泉守だった。
「あんた、之定なのか――!」
「ああ。……君は?」
歌仙はやや怪訝そうな顔で和泉守という青年を見た。
「和泉守兼定。オレを打ったのは十一代の兼定だ。之定と会えるなんて光栄だ」
差し出された手を歌仙は不思議そうに見下ろした後、にっこりと笑った。
「会津兼定だね。どうぞよろしく」
差し出した手を軽くとると、和泉守は「おお」となにやら感動したような声を上げた。
「えっと、兼さん、と、歌仙さん?」
そこへ、ひょっこりと顔をのぞきこませたのは堀川と呼ばれる少年だった。歌仙はにっこりする。
「堀川国広というのか。脇差だね。やはり大小が揃っているといいね」
にっこり笑いかける歌仙に堀川は困ったようにする。
「実は僕たち、主のドローンと、近侍ともうひと振りをゲートの近くで待たせてるんです。もう戻らないと、怒られちゃうかも」
歌仙の称賛は笑顔で受け取りつつも、堀川は部隊の他のものに重要なことを思い出させるように言った。
「あっ」
と加州と安定が声を上げた。
「早く戻らねーと、どやされるなァ……」
歌仙の手を放した和泉守がぼやいた。


ゲートに戻れば、円盤状の装置の近くにぼんやりと座りこむ影がひとつ。それと、辺りに油断なく目をやる影がひとつ。
「御手杵! 同田貫!」
明るく加州が声を投げれば、んあ、と生返事をしたのは座りこむ影だった。肩に預けた長い得物に寄りかかわるようにして、よっこいしょっと、と言いながら立ち上がる。獲物は見たことがないほど長い槍だった。
もう一人はさほど背が高くないが、黒い鎧越しにもよく鍛えているとわかる体つきをしているようだった。
槍の青年が御手杵で、もう一人が同田貫正国だという。
「あ、いたの、やっぱり味方だったんだ」
どこかのんびりとした口調で言う青年はオフモードなのか優しげな笑みを浮かべている。
「ま、主がオペレーションリーダーから何も聞いてないって言ってたしな」
そう言って同田貫が見上げた先には、雫石のものと同型のドローンがいた。
高度をかなりあげていたらしく、徐々に下りてくるところだった。
「今回はお前たちの勘より全方位マッピングシステムのほうが正しかったな」
ドローンのスピーカーから放たれたのは、低い男の声だった。
「擬態してる可能性もあるでしょ」
その声に少しばかり加州が口をとがらせる。スピーカーがくつくつと笑った。
「否定はしないな。だが、お前らはしばらく戦場を離れてたんだろ。御手杵と同田貫に至っては顕現が初めてらしいしな。勘は否定しないが、使うなら研ぎ澄まされたのがいい」
どうやらあちらの審神者は男らしい。
――あれ、この、声……?
喋り、くつくつ笑ったスピーカーに雫石は首をかしげた。聞きおぼえがあるような、ないような。
彼女が悩むうちに、マイクは耳に別の声を運んだ。
「まあ、さ、反省会は向こうでしようぜ。主だって疲れてるだろ? あんまりいつまでもここに居て、なんかでてもヤだし」
腰に手を当ててドローンを見上げる加州とドローンの間に御手杵が入り込んだのだ。
「そちらさんも、もう戻って休みたいよな」
言って御手杵は雫石の部隊を見回す。燭台切が苦笑した。
「そうだね。その方が助かるかな」
うん、と御手杵は助かったように頷き、さあ、とドローンと部隊の者たちに声をかける。
「ゲート、くぐったくぐった!」
「待ってよ、古馴染みもいるんだ。久々に会ったんだよ?」
安定が少し強めに言うと、ドローンがまた男の声を伝えた。
「親睦なら戻ってから深めりゃいい」
それもそっか、という安定の声にふとドローンが姿勢を変えた。カメラが真っ直ぐに雫石のドローンを捉えた。
カメラ越しに視線がぶつかったような気がして、雫石は思わず緊張する。
そして、フン、とドローンが鼻で笑った気がした。
――なに、いまの。
雫石が笑うはずのないドローンに眉をひそめている間に、向こうの部隊はゲートをくぐり始めていた。そして、むこうの審神者のドローンも時空の向こうに消える。
「……」
「……どうしたの」
短刀と蛍丸を先に行かせた燭台切が見上げてくる。
「……あの審神者の声、なんか聞いたことがあるような」
雫石の言葉に、燭台切と大倶利伽羅が顔を見合わせた。
歌仙が「早くしたまえ」とゲートの近くで三人を呼んだ。

[初出]2016年5月11日