[初出]2017年1月30日
帰り着くと、夕暮れの中バーベキューの準備が進んでいた。 「あ、帰ってきた」 と佐智子が言う。熊谷はガスバーナーで炭に火を着けている。 「ほんとはお盆にやるんだけど、お客さんが来たからって」 「お肉焼くだけだけどわりと豪勢に見えるしね」 姉妹が言う。二人は荷物を母屋に放り込むと、そのまま庭へ戻った。 ガラス戸が開け放たれた母屋の縁側には、すでにビールを傾けている雫石の父や祖父、叔父がいた。 「僕も手伝います」 燭台切は熊谷に声をかける。野外炊飯、しかもバーベキューは彼はしたことがなかった。 「お客さんだから、ビール飲んでていいんだよ」 と熊谷は鷹揚に言う。どうも彼はまだ正式には一員ではないというのにこの一家、というか一族の若い働き手という認識らしい。さてどうするか――バーベキューの手順には興味があるから手伝いたいのは事実だし、と思っていると、苦笑する雫石の声。 「ミツタダ、料理好きだからね。火熾しよりも、料理手伝う?」 「うん!」 雫石はくすくす笑って母屋にあがり、台所へ彼を連れていった。 そこには、佐智子以外の女衆。祖母は「あらー」と言い、双子の従妹は楽しそうに跳ねた。いいのかしら、と雫石の母と叔母が顔を見合わせる。 「こき使ってください」 と志願すれば、女たちは破顔した。 とは言え、本丸で作っている料理よりもバーベキューの下拵えは大変楽だった。 串に刺さるサイズに野菜と肉を切る。網で焼くものと鉄板で素焼きするもの、それから焼きそばの準備。 手際よく野菜を切り、肉の大きさを整える男の手にみんな感心した。 雫石は出来上がって大皿に乗るそれを縁側まで運んでいく。 それと入れ違いに来たのは、竜太郎だった。 「ビール……あ」 と言って彼は呆然と燭台切を見つめた。 「お兄ちゃん、光忠さんすごいよ」 「お兄ちゃん、ご飯も炊かないもんねぇ」 と双子が言う。燭台切は苦笑した。 「切って串に刺すだけだから、大したことはしてないよ」 というと双子は苦笑した。 「おじいちゃもお父さんもお兄ちゃんも、なんにもしないもの。都子ちゃんのお父さんと、くまさんは違うけど」 どうやら、針生の家は古い家らしいと燭台切は苦笑した。 その間に竜太郎は指の間にできるだけビール瓶の首を挟むと、くるりと踵をかえして行ってしまった。 最後の食材の乗った皿を両手にもち――女たちには細々とした仕事がまだあるようだった――燭台切も縁側に向かえば、なるほど、二つのバーベキューコンロ――片方は網が乗っていて、もう片方は鉄板だった――の近くにいるのはビールを片手にした熊谷と雫石の父だった。 彼女の祖父などは、でんと縁側にあぐらをでんと胡座をかくのみだ。 そのそばに、微妙な距離を置いて雫石はちょこんと座っている。 おそらく、孫娘にはいまだにわだかまりがあり、祖父の方もそれを感じつつも何か声をかけてやる――たとえば、博士号取得おめでとうとか、がんばったなという言葉だ――こともできない、あるいは声のかけ方を知らないといったところだろうと燭台切はただよう気配を読んだ。 姉のそばにいる佐智子はのんきにビール片手に塩キャベツをかじっていた。 燭台切はあえてそれをそのままにし、庭へ下りた。 「何かできることあります?」 ひょいと顔を上げたのは雫石の父だった。 「お昼美味しかったよ。料理が好きなんだね。うーん、じゃあ、肉の様子はくまさんが見ていてくれているから、やきそばを頼もうかな」 と言って父は鉄板に油を敷いた。燭台切はそばにあった麺の袋を取り上げて、しばし眺めたのちに開けた。 それからカットされた野菜を取り上げて、鉄板の温度を確かめると率先してザッとそれを広げる。肉も片隅で焼きながら、麺と和える時間を考えつつ時間を計る。 「都子のお守りは大変だっただろう?」 ジュウジュウという音の中、父親が静かな声で言った。付喪の耳がなければ聞き返していただろう声に、燭台切は苦笑する。 「いいえ、素晴らしい小旅行でした。時間の旅でもあったし」 「そうかい? ……都子はおっぴさん子でね。おっぴさんは学校の先生だったんだ。社会のね――僕らが忙しい間に、町の史跡から遠くの博物館までよく連れて行ってくれたんだよ。初めての曾孫だったから、そりゃあもう可愛がってね」 「そして、いつの間にかひいおばあさんが教えたものを大好きになっていた?」 「そうそう」 と父は苦笑した。 「歴史が好きになってね、いちばんは政宗だった。おかげでよく勉強して、学校でも成績が良くてね。仙台の高校に行ったんだ」 雫石が通ったのは、旧制中学が前身の県内でトップの学校だ、と父は自慢げに言った。 「あんまり頭が良かったから、おじいさんは都子を跡継ぎにしたかったんだ」 と父はさらに小さな声で言った。 「仙台の旧帝大にいけるくらいだったんだよ。でもおじいさんが、そこは農学部以外の受験を許さなくてね。親としても県内の大学なら助かると思ったけど――都子が落ち込んでね。妻が滑り止めなら文学部受けてもいいでしょう、っておじいさんを説得したんだ」 燭台切はほどよく火の通った野菜と肉を合わせると、そこへ麺を投入した。ああ、僕特製の出汁があるんだよ、という父から出汁の入ったカップを受け取り、それも投入すると、鉄板はひときわ音を大きく立てた。 それからこれは内緒だけど、と父はまた声を潜めた。 「……都子は農学部受かったけどね、反乱を起こしたんだ」 燭台切はその言葉をゆっくりと飲み込んで、理解した。そして苦笑する。 「……ミヤコは意外に頑固者ですよね」 「そうなんだ」 おじいさんとそっくりなんだ、と父は笑う。 「東京の大学は仙台の大学より難しいけど、あの子なら大丈夫と太鼓判を押されていてね。偏差値だけでいえば、そっちの文学部のほうがこっちのどの大学よりも高かったし。そして実際、受かってしまった。それからはまあ――おじいさんを説得するのは大変だったよ。最終的にはおっぴさんに出てきてもらってね。でも都子の偉いところは、ぜんぶやり遂げたところだなぁ。奨学金をもらう、学費では迷惑かけない、って言って、やり遂げてしまった」 父の声色からは娘を自慢に思っているのが感じられた。 「農業は面白いけど、あの子の生業じゃなかったと僕は思う――僕やおじいさんにとって土に生きるのは息をするように当たり前。だけど都子は、本の間、文章の中で生きる子だったんだよ。……おじいさんも今は、それをわかってるはずなんだけどなぁ」 燭台切は話を聞きつつそばを混ぜ合わせていた。鉄板から麺を一本拾い上げて味を見ると、特製だという出汁が利いているようだった。そこへ父は「これを」と言ってソースの容器を彼に渡した。それをかけて麺をよく混ぜ合わせると、味が変わった。うまい。燭台切は出汁のことも聞こう、とココロのメモ帳にそれを書き留めた。 いい匂いがして、焼き上がったところで父が燭台切と場所を変わり、皿へ焼きそばをとりわけはじめた。それから数皿示して彼に 「もっていってくれるかな?」 と言う。燭台切は愛想良く返事をして、ウェイターよろしく腕に皿を乗せた。おお、と面白がる縁側の一同に一皿ずつそれを渡した。 雫石に渡しかけたところで、ビールがねーぞ、という声がして彼女は辺りを見回した。それから立ち上がるものがいないのを見ると、彼女は 「それ食べちゃって」 と言って立ち上がり、ビールを探しに行った。 燭台切は納屋へ向かう彼女――大きな冷蔵庫があるのだ――見送った後、両手に一皿ずつもって彼女の祖父の前へ行き、片方を差し出した。 「どうぞ」 というとわずか見上げた奥まった目と目が合う。受け取ってくれたところで燭台切は言った。 「隣いいですか」 「……」 沈黙を肯定ととって、燭台切は縁側に胡座をかく老人の隣に腰掛けた。 「おめは器用だな――百姓向きじゃねぇが」 「ありがとうございます。百姓向きじゃないのは残念ですね」 老人は割り箸をぱちんと割ると、婿と孫娘が連れてきた男の合作の焼きそばを口に運んだ。 「時子も都子も飯に弱えぇな」 時子、というのは雫石の母の名だ。焼きそばが口に合ったのだろうか。迂遠な褒め方だと気づいたのは、老人が連続してそばを口に運び、よく噛んだあと、ビールを美味しそうに煽ったからだ。 「ミヤコがいろいろなところに連れて行ってくれました。丸森城に金山城、それに小斎の櫓」 すると老人はふっと笑った。 「昨日は田植えに今日は山登りかや――膝、悪くすんなや」 「ケアは重点的にします」 苦笑しながら言えば、老人の使い込まれた分厚い手がそばの盆の上に伏せられていたグラスを取り上げた。老人に差し出されたそれを燭台切は恭しく受け取る。そしてそこへ、黄金色の飲み物が注がれた。どうやら雫石の祖父はビールを一瓶確保していたらしい。 ふと気づけば、野外コンロの周りが騒がしくなっていた。 従姉妹の双子に、竜太郎、それからどこから来たのか子供たちや若者。少し歳のいったものたちもやってきて、それぞれキャンピングチェアを出したりして勝手にくつろぎ始めた。 去年のお盆の花火があるはず、とっくにしけっているよ、と騒がしくなる庭を見渡していると 「みんな親戚、うちの会社の中核だっちゃ」 と老人が誇らしそうに言った。長く家族制を中心としたこの国の農業は、六次産業化や株式会社化を経てもその中心に名残を残しているのだ。 それにしてもどこにこんなにいたのかと思えば、ほかの田んぼに行ってたのもいるからな――と老人は燭台切の疑問を解いた。 「おめ、下半身は細いけんど、手は大きいなや」 と、不意に声をかけられて燭台切は思わずグラスを握る手を見やった。 老人が手を差し出してきたので、燭台切は意図を察し掌を上に向けて彼に差し出した。 土と戦う手は燭台切の歴代の主のどれとも異なるものであった。分厚い爪に節くれ立った指、指先は細くなく分厚く肉が鎧っている。老人は力強い指で燭台切の手を見聞した。手袋ごしといえど刀を握る手はやはり現代の男とは異なるだろうか。 「なんか握る仕事してんのかや」 「刀剣部門の担当なんです」 「……働いてる手だなや、悪くねぇ」 老人の審査が終わって手が解放された。燭台切はしみじみと自分の手を見やった。 それから、燭台切はふたたび庭をみた。 肉が大きい小さいと言い合う子どもたち、佐智子は熊谷のそばでなにやら手伝っている。大人たちはそれぞれに飲み食いし、笑いあう。 ――雫石はまだ納屋にいるのか、どこにも姿が見えなかった。 「……ミヤコにも、農業の仕事をさせたかったんですか?」 暖かな光景だ。燭台切にはなじみのない、百姓の光景。 「……んだなや」 と静かに老人は肯定した。 「おっぴさんみてぇに先生になるって言うんなら、まだ、な。学者なんて」 燭台切は身構えた。土を耕さないものは苦労を知らない、そんな言葉を予想したのだ。 「――なれんのは一握りだべ。飯なんて食(か)せねぇ……食えない、ってことな。だったらよ、役所の文化財課にでも勤めて、こういう時期は農家手伝うっていう手もあんだぁ。……手伝ってくれんなら、米はやるっちゃ。したら、最低限は食えっぺ」 燭台切は目をしばたいた。てっきり頭から反対しているものと思ったのだ。視線に気づいて老人が苦笑した。 「こんなふうに思うようになったのは最近だっちゃ。……都子が高校のときはなぁ、頭いいからよ、その頭うちのために使ってくれればなぁと思ってたんだっちゃ」 燭台切も苦笑した。老人はため息をついた。 「いまだってなぁ、文化庁の仕事なくなったらどうすんだべ、って時子が言うんだっちゃ。俺もそう思う。大学の先生なんて何人なれんだや。理系ならよ、一般企業があるべ? 歴史なんて、どこにつぶしがきくのや……やりたいことと、食えることは違うべ、なや?」 「……そうですね」 まったく同意するしかない。雫石の祖父は孫娘を案じているのだ。 「俺も修士までは行ったからや」 「え」 「農学部の先だけどよ。……大学の先生なんの大変なのは、見たことあるんだ」 俺は家を継ぐのは決まってたからせめてものモラトリアムみてぇなもんだったな、と言う祖父に燭台切は目をぱちくりさせた。 てっきり代々土と向き合い、その経験を血に、身にため込んでいるだけの人だと思っていたが――案外、合理性や現代科学との折り合いもつけているのかもしれない。そういえば、昨日、実験がどうとか聞いたな、と燭台切は思った。 「都子みてぇに研究がしたかったわけじゃねぇのよ。だから俺は博士号までとった都子は立派なのはわかんだ。立派なんだが、食えないのもわかんだ。おっぴさんもそうだった」 「ひいおばあちゃんも?」 「学者になりたかったのよ、けんど無理だった。だから先生になった」 「ああ……」 「あきらめて近いところで食えばいいのよ……才能ないのは論外だけんど、運もねぇとどうにもならねぇのよ。……おらいの院の同期は才能あったけど運がなくて、とうとうどこいったかわかんね。才能あったのよ、でもとっくに死んでるかもしれねぇ」 食えないということは辛いことだ、と雫石の祖父はぽつりと言った。 「ミヤコのことが心配なんですね」 「憎くて言うわけねぇべや。……初孫だもの。あれは不器用だ。教授になったら学校運営なんかにもかり出される。あれに学内政治なんてできるわけねぇ。もっと楽に食えるところに行ってほしいだけよ」 「……」 燭台切はビールをぐいと煽った。そして空になったグラスを両手で包んで、見下ろす。 「……僕はミヤコに貫いてほしいと思います」 老人が怪訝な顔を向けてきた。 「おじいさんが土と農に生きるのが生業だったように、ミヤコは歴史の文脈にあるのが正しいんだと思います。役人とか、教師とかは少し違うかな、と」 「大学の先生だってもの教えっぺ」 「研究にかけられる時間が段違いだと聞いてます」 「……んだな」 ため息をつきつつ、祖父はふと言った。 「おめ、文化庁の人だったか」 「ええ」 「四月からの付き合いか」 「もう少し前……三月くらいでしょうか」 と燭台切は慎重に数えてそう言った。 「さん、しぃ、ご……五月に入ったばっかりだなや。そんな短いつきあいで、都子の歴史好きば見抜いたか」 燭台切は内心でわずかぎくりとしつつ、顔は平静を保った。 「ええ。今日の伊具の案内で、ミヤコは歴史の子だということがますますよくわかりました。残念なことかもしれませんが、彼女を歴史にあずけていただけませんか」 彼女に審神者として求められたのはその知識――であれば、彼女にその知識を錆びさせないためにアカデミアの周辺にいてもらう必要がある。理系ほどの日進月歩ではないが、文系学問も時に世の常識から一足飛びに飛躍するときがあるのだ。悪漢の慈悲深い領主としての側面を見つけだし、名君の失策を指摘する――学界ではそれにとどまらない「発見」があるのだ。 しかも、彼女は刀剣男士たちにとって好ましい主だ。束縛せず、あわてることが少ない。さらには外に出たがる秋田にはさまざまな探検を許可し、猫と虎の違いに首を傾げた五虎退には動物図鑑をあたえ、蛍丸には東の民話や珍しい話を聞かせた。歌仙には博物館や美術館での現代的な鑑賞法を教え、一人でいる大倶利伽羅には「本でも読んだら」と言って彼の意外な面を引き出して見せた。 そして燭台切には、台所と畑での自由な振る舞いを認めてくれている。 彼女の性格の深さをしりつつある今では、彼女がたんに鷹揚な主であるのではなく、秋田の頓狂な発見や歌仙の高価な買い物、そして燭台切の食道楽着道楽を目にしたときに一瞬あらわれる目と眉間の緊張から、彼女はむしろ思慮深さゆえにそう振る舞うことができるのだ、と燭台切は思っている。頭の回転が早いのだ――感情を訓練された理性に従わせ、相手が求めていることを的確に読みとる。秋田も歌仙もついでに燭台切も雫石を喜ばせたいだけなのだ。 めずらかな発見、美しい工芸品、おいしい料理。 彼女は彼らの、一見自分ひとりのために思える「善い」のお裾分けを理解し、受け止める。 ひとによっては小賢しいと思えるほどの判断力は、刀剣男士達にとっては必要で充分な主の条件だった。叱咤以上に激励が難しいのだ。彼女は幸いにもその才をいくらかもっているのだ。 その彼女を取り上げられるのは、困るのだ。 むう、と祖父は苦虫を噛み潰した顔をした。 そして 「焼きそば、冷めるぞ」 とぼそりといった。 燭台切はあっと気づいて放置してしまった焼きそばをとりあげて口に運んだ。幸いなるかな、冷める過程でむしろ味は麺にしみこんでいた。 「……おめぇが」 「はい?」 そばを飲み込んでから燭台切は返事をした。 「……都子に飯を食(か)せてやれんなら、いいけんど」 「……」 燭台切は手を止めて、考えた。 標準語に直せば「お前が都子に飯を食わせてやれるならばいいけれど」、と彼は言ったのだ。しかしその意味を燭台切ははかりかねた。 「昔から二人なら何とか食えるっていうのがあんだ。……家計やらなんやら、入り口をふたつ、出口をひとつにすると生活が楽になる、ってやつだっちゃ」 「……」 二人の収入で家計を同一にすれば暮らせる、ということだ。 確かに稼ぎ手が二人いれば、それだけ収入はあがる。昔からの道理である。暮らす屋根もひとつにすれば、食費や光熱費の計算式は一つで済む。そういうことだろう。 燭台切は考えた。 雫石が大学からもらう給料と審神者として与えられる禄、実はそれより燭台切に整備費の名目として与えられる金額のほうが多いのだ。今は政府からの補助もある。官舎という区分の本丸屋敷はタダ同然で修繕費もでる。……雫石の生活は今の給与で一人暮らしするよりは、断然楽なはずだ。 祖父の言うことは、だいたい今の状況に当てはまる。 「……それなら、可能です」 と燭台切は現状を鑑みて返事をした。その言葉に祖父は目を丸くして傍らの見目のいい男をみた。 その表情に燭台切は首を傾げる。 「なにかおかしいことが?」 「おめ、都子を食(か)せるのか」 「はい、可能です」 よどみない返事に祖父はあたりをおろおろと見渡し、雫石の父を見つけるとギョッとしたように目をそらした。そして青年の方にそっと身を寄せた。 「……都子は承知してんのか」 「今の生活なら、当面は。将来のことは、彼女次第というか」 祖父がますます驚愕の表情を大きくした。 「……そうか。……はっきりするまで、時子と良雄には黙っておくかんな」 「はい?」 妙に真剣に言った祖父に燭台切は首を傾げた。良雄、とは雫石の父の名である。 そこへ、車のエンジン音が響いてきた。見れば、四輪駆動車が庭先に停まるところだった。下りてきたのは、両手に買い物袋を下げた雫石都子。 「もー、ビールないしあれほしいコレほしいって……始まる前に言って!」 どうやらいつの間にか彼女は買い出しに出ていたらしい。 そんな彼女の元にまだ幼いといえる親戚の子どもたちが集まっていく。雫石は手を差し出す彼らにジュースやスナック菓子を持たせた。ひととおり渡し終えると、彼女は今度はビールを配ってある来つつ、こちらへ来た。 「お帰り」 「ただいま」 と言って彼女は縁側に腰を下ろす。燭台切を挟んで、祖父とは反対側だ。 そして祖父が、燭台切越しにそろりと身を前に傾け孫娘を見やった。 「……なに」 「なんでもねぇ」 祖父が姿勢を戻してぐいとビールを煽った。 そこへつかつかと歩み寄ってくる者がいた。従弟の竜太郎である。 彼はぐいと雫石に焼きそばと串焼きの乗った皿を差し出した。 「ありがと」 というと彼は、彼女の傍らの燭台切を一睨みして火の方へ戻っていった。 「……なに、あれ」 「うーん」 と燭台切は首を傾げ、その隣で祖父がため息をついた。
[初出]2017年1月30日